小学校学習指導要領音楽編への意見具申

/小学校・中学校/音楽科/小学校学習指導要領音楽編への意見具申/私の見た最も義務教育らしい音楽の授業
山本弘


その4
私の見た最も義務教育らしい音楽の授業


 5年B組 児童数 45 (授業者 音楽担当1年半 専攻:理科)
 ふしづくりの一本道 段階:16 ステップ:55
 まとまったふしづくり (楽譜)の右の数字は投票数



 授業が進んで選ばれた4班のふしを全員で演奏していて問題は起こった。



(児) 「4班のふしは、始めの出だしとあとの半分のふしが何だか違うような気がします。どうしてかよくわかりませんが。」

(教) 「どう直したらよくなるでしょう。自分自分で演奏して工夫して下さい。」



 ・終わり方にA・Bの2つの意見が出て、(B)に賛成多数で決まる。

(児) 「リズムはこの方がいいと思います。」



 ・両方演奏して賛成が多く

(児) 「その方がいいと思います。」

(教) 「このふしを第1フレーズにしてa、a’で第2フレーズをつくりましょう・」

 ・Cの意見が出て賛成多数、何回か演奏して授業終了と思ったら



(児) 「8班の僕等のふしがよく揃わないんです。どうしてですか?」



 ・最後のを休むものと休まないものとあって、何度演奏しても揃わない。

(教) 「わからん、参ったなー、先生も今度までに勉強してくる。じゃ、終わり。」


その後の研究会

 この研究授業は個人の希望だったので、私との二人の話し合いである。
 私は子どもの成長に驚き、この先生の指導態度に大賛成だった。日旋風の短調から長調へふしが変わっていくのを不自然と感じて、「何だか違う」と指摘する力が頼もしかった。
 そして、2つのフレーズの終止の仕方、自分たちのふしの演奏が揃わないからと申し出る姿勢、それを解決せず、「先生もわからん、勉強してくる」なんていう終わり方、最高だった。
 「これが自身がないから音楽を担当しなかったとは!」と言うと、頭をかいてニガ笑い。
 「いや、本当に解らなかったんですよ。」
 そこで、8班のふしでタクトの研究をする。
 「このふしはリズム形から上拍始まりのよう。そのため子どもは感じでアーフタクトで演奏する子、楽譜の通りに演奏する子に別れてしまい、揃わないと思う。
 これを1拍前で縦線で区切れば、多分アーフタクトで揃うだろう。しかし、の1拍分足らなくて終わり方がまた不自然になるかも知れないので、下の譜のようにラの音を加えれば子どもたちも納得するかも知れない。」
 など二人でいろいろタクトを繰り返して研究し、アーフタクトの曲は高学年に多いからと、5年生の教科書を調べてみると、

 「ゆかいに歩けば」
 「一週間」
 「おおスザンナ」
 「赤い川の谷間」
 「もみの木」

 などたくさんあった。これはタクトを意識するいい機会にできると話すと、
 「よーし、今度は上手くやれそう」
と大喜び。


 私はこの続きの授業が楽しみになり、次の授業も見せてもらうことにした。
 そしてその時間になり、何時もの通り好きな歌が終わり先生がきりだした。
 「前の時間の4班のふし、先生も勉強してきたぞ。あれはなー…」
というやいなや、2・3人の子が挙手、
 「先生、ぼくもわかったよ。アーフタクトだろ」
 「えっ、どうしてわかった?」
 「音楽の先生に訊いてきたよ。トロイカもそうだって」
 「参った。で君は?…お兄さんからね、えらい」
 「先生、ぼくとなりのおじさんに習ったよ。こうするんだって」
とタクトの真似。するとその先生、
 「凄いんだね、君。それじゃ、4班のふしを君、タクトとってみてくれよ」
と小先生が大活躍。
 が不足して、後半分がスッキリしなくなるとラを加えたりして演奏。
 みんな納得。それからがこの先生の素晴らしいところ。
 「せっかく覚えたんだ。アーフタクトの曲がほかにないか探してみようよ」
と再び班別研究会。子どもたちは大いに盛り上がり、知っている曲を順番に小声で口ずさんで、アーフタクトの曲を発見しては大喜び。
 何しろこの子どもたちは、習った曲は全部覚えるシステムで育っているから幾らでも歌は続く。
 私はこの授業を実技講習の資料に何時も使って、「教える」と「育てる」の違いを説明してきた。
 これが本当の義務教育であるべき音楽科の授業の姿と思っているから。
 子どもたちは先生より先に問題を解決して嬉しそう。先生は子どもの成長にまた嬉しそう。
 子どもたちは勉強の種を先生だけに求めていない。だから授業中の疑問を音楽の先生に・お兄ちゃんに・となりのおじさんにと自分から求めていっている。
 この姿勢こそ本当の学ぶ姿であり、子どもが生き生きと自己実現する姿であるのに、何もかも教え込んで「お前はバカだ」という授業ばかりされていては、子どもたちは立つ瀬が無い。
 かといって、担任の先生をバカにしていない。俺たちの先生は理科の先生なんだという誇りをもっている。ひょっとすると、音楽はぼくの方が上だから、先生を助けなくっちゃくらいに思って頑張っているのかも知れない。
 先に、古川小学校は、「教師が教えている学校」から「子どもが学んでいる学校」へ昇華したと書いた。何気無いこうした平常の授業にそれが現れている。


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