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閑話休題 温知小学校の6年生がバス3台で修学旅行に出かけた。 ガイドが「校歌を聴かせて下さい」というと、始まった歌が終わると、次に誰かが歌いだし、2時間近く目的地へ着くまで合唱有り輪唱有り、延々と続きびっくりしたろう。 ガイドが「他の学校は校歌はどうやら歌うが、後は歌集を見てボソボソ、そして流行の歌へなのに。こんな学校は初めて」。 この話の中の“他の学校”が普通の学校の音楽の授業の結果。 温知小は“習った歌は全部覚えるシステム”で育っているから幾らでも続く(覚えるシステムは後述)。 教材曲は覚えないと“習ったことのある歌”の価値しかない。 小学校では300曲の音楽財産を子どもに蓄えさせてやりたい。 |
次に大事なことは、音楽能力の育ち方には時期があるということだ。|
自主研究の発表会で、即興で二部形式のふしを作るステップがあった。なかなかいいふしで、なるほどと感心していたが、問題はその後のことだった。 児童の発表が一段落した時、司会者が会場の参観者の中から4名を指して、 「ここで、お返しに参観者の方もどうぞ」 と言った。 その人たちはいずれも地方の実力者で、次々に美しい笛の音で発表して会場から盛んな拍手を浴び、和やかな雰囲気で笑いが溢れていた。 司会者が児童に、 「先生方の美しいふしを聴いて感想はありませんか」 というと子どもたちは、今聴いたふしを自分でその部分を模奏しては、「ここが好きです。」と答える。 参観者はただ感心していると、一人の子が、 「3番目の先生の ―模奏―(曲の大半を演奏して) ここは僕が5年生の時作ったふしによく似ていました。」 で大爆笑。 並の感想発表なら(美しい・きれい)などの形容詞の言い回しなのがどこでもある授業の様子なのに、この子たちは音楽そのものを再現して言っていた。 |