小学校学習指導要領音楽編への意見具申

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山本弘

9歳までは音楽の基礎能力を重点的に育てる授業を


 以上から、今の音楽教育を体育に例えれば、弱々しい体力の子どもに、野球なら「上手に投げろ!」、サッカーなら「格好よくボールを蹴れ!」と言うようなもの…。
 一度投げては注意され、やっと蹴れたのに蹴り方を直され、これでは楽しいはずがない。
 体育ではこんなことは決してやらない。
 投げ方・蹴り方と言う技術より、どれだけその力が育ったかを褒めながら励ましてやる。図画に至ってはその拙さが面白いと言う。
 音楽になると、同じ教師が“音楽は美しくなければならない”という亡霊に取り付かれて、それ発声が・それ音程がのとうるさいこと。
 第一、小学校の曲程度で、子どもに感動させるなんて大体無茶な話である。ウィーン少年合唱団ならいざ知らず、音程の・リズムのと、ままならぬ音楽能力の子に技術を強要することが間違いなのだ。
 教室でよく見る姿だが、何時間扱ってもまだ教科書を見ながら細々と歌っている。最も記憶力の良い小学生の子どもなのに…。
 あれでは一歩外へ出たら、もうその曲はその子から離れてしまっている。
 “学校音楽、校門を出ず”の最たる原因である。

 教材曲にはもっと大切な役割りがあると思う。義務教育では、精一杯歌って、覚えて、何時・何処でも楽しめる「音楽財産」を豊富にし、一生楽しむことだ。

 学校音楽門を出ずなのに、大人は専らカラオケブーム。音楽教育の悪い点を一切無くした全身で歌い。マイクを離さない。それをどうして授業で扱えないのか。

 生活では、上手・下手より、まず好きになってのめり込むことが先だ。

 この“歌を覚える”ということが、音楽生活にどんな力を持っているのかの例がある。

閑話休題

 温知小学校の6年生がバス3台で修学旅行に出かけた。
 ガイドが「校歌を聴かせて下さい」というと、始まった歌が終わると、次に誰かが歌いだし、2時間近く目的地へ着くまで合唱有り輪唱有り、延々と続きびっくりしたろう。
 ガイドが「他の学校は校歌はどうやら歌うが、後は歌集を見てボソボソ、そして流行の歌へなのに。こんな学校は初めて」。
 この話の中の“他の学校”が普通の学校の音楽の授業の結果。
 温知小は“習った歌は全部覚えるシステム”で育っているから幾らでも続く(覚えるシステムは後述)。
 教材曲は覚えないと“習ったことのある歌”の価値しかない。
 小学校では300曲の音楽財産を子どもに蓄えさせてやりたい。

 次に大事なことは、音楽能力の育ち方には時期があるということだ。
 左図は、古川小学校が指定校を受けた時、「ふしづくりの一本道」の扱いを音楽部の先生と相談した内容である。
 指定2年間に、高学年は感覚的な導入部分は薄く、リズム・メロディーの抽出部分も程ほどに、仕上げの部分に重点を…。
 中学年は感覚的部分は程ほどに抽出部分に重点を…。
 低学年はそのままねらい通りの感覚部分を重視して…出発した。
 その時、みんなの予想は、子どもの音楽能力は、白紙のA図で出発したのだから、その育ち方は全学年Bか、或いは理解が早いから高学年が濃く身につくかなど、見通しはつかなかった。
 始めた暫くは予想通り高学年が順応が早い感じがした。ところが、二学期頃からその予想は怪しくなってきた。
 高学年ほど呑み込みが早く、一応の形になるのだが、いつまでたってもトチル、流れを崩すなど定着しない。それに比較して、低学年はタドタドしくて中々形にならないのだが、一旦出来ると後はスイスイと流れてトチらない。
 3音のリレーなど、複雑なリズム形に出会っても、よどみなく流れ、いつまでも続く低学年に対し、高学年はつい考えて流れが止まってしまう。
 結局、一年実施してみて、音楽感覚の成長はやはり9歳が頂上だということを実感させられた。
 これは、研究を進めるほど強く現れ、この時の1年生が6年生になった時から、子どもとは思われぬ高度な作品が続々と出始め、何気無い毎日の授業の中から、びっくりするような、拍子変化だの、途中転調だのの作品が現れ、こんなことは教えていないのにと、驚くことが多くなってきた。
 そしてこの【こんなことは教えていないのに】という思いが、どんなに教師という職業の思い上がりかということを反省させられた。
 教師は、自分が教えたことしか子どもはできないと、錯覚している良い例である。この思い込みが義務教育をダメにし、教師以上の子どもを育て得なかった元凶なのだ。
 子どもは社会で生活しているから、テレビで、ラジオで、生の音楽で転調も拍子変化も味わっている。だから、好きなふしを作ったら、それが転調に、拍子変化になっていたというだけの話である。
 これがこの子どもたちを育てた学校の立派なところで、この学校の先生方は、始めから“教える”ことを放棄して、子どもと“同行二人”の巡礼の授業を繰り返していたのである。その意味で「何気無いある日の授業をお客様を案内して参観した記録」を再読して欲しい。
 この先生は子どもの学ぶ目を自分という狭い窓に閉じ込めていない。だから子どもたちは、アーフタクトの曲に出合った時、隣の先生に、お兄さんに、どこかの叔父さんに…と広く求めている。
 これが発展すれば、社会に、自然に、専門家に、図書館に…と広がって、本当の意味の勉強が始まるのだ。

 話を元に戻して、こうした意味で9歳(小学校3年生)までは、音楽を外から見る「表現」や「鑑賞」を目的にするのではなく、それを可能にする音楽の基礎能力を育てることを重点にし、教材曲は歌いこなし、覚えて沢山の「音楽財産」を豊富にするべきと考えている
 一般的に音楽指導者は、自分が音楽に感動する基礎能力があるものだから、すぐ子どもまで同列に感動させようとして、現在の音楽教育をダメにしているような気がする。これらの教師はもう一度“馬の耳に念仏”の例えを深く味わうべきと思う。

 この低学年が育った後の、模奏力・再現力にみなが呆れた例を紹介しよう。

 自主研究の発表会で、即興で二部形式のふしを作るステップがあった。なかなかいいふしで、なるほどと感心していたが、問題はその後のことだった。
 児童の発表が一段落した時、司会者が会場の参観者の中から4名を指して、
 「ここで、お返しに参観者の方もどうぞ」
と言った。
 その人たちはいずれも地方の実力者で、次々に美しい笛の音で発表して会場から盛んな拍手を浴び、和やかな雰囲気で笑いが溢れていた。
 司会者が児童に、
 「先生方の美しいふしを聴いて感想はありませんか」
というと子どもたちは、今聴いたふしを自分でその部分を模奏しては、「ここが好きです。」と答える。
 参観者はただ感心していると、一人の子が、
 「3番目の先生の ―模奏―(曲の大半を演奏して) ここは僕が5年生の時作ったふしによく似ていました。」
で大爆笑。
 並の感想発表なら(美しい・きれい)などの形容詞の言い回しなのがどこでもある授業の様子なのに、この子たちは音楽そのものを再現して言っていた。

 次に実践校の“教えたつもりのない作品”を、遺跡から発掘して紹介しよう。


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