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1.教科の基礎になる“音楽能力”が育っていない。 2.その“音楽能力”がはっきりせぬので、それを育てる系統も方法もない。 3.そのため、子ども一人一人の成長の記録は皆無で、全体での演奏美のみ追求。 |
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1.育てるべき音楽能力と、その育て方の具体的な系統を明示する。(ひとりひとりの子のものでなければ無意味、それが義務教育ですから) 2.現在の教師の音楽能カで授業が出来る『具体的授業法』の確立。 |
| フレーズ | 1.汽笛の擬音 | “汽車” 切れ目でピッピッピーと合図する |
| 2.指の散歩 | “うみ” | |
| 3.交互唱が出来る | “つき” “おうま” “かっこう”等の曲で | |
| リズム | 1.速度変化に順応する | “くつがなる” |
| 2.セッセッセが出来る | “うさぎとかめ” “セッセッセ”などの曲で | |
| 3.リズム形が聞き分けられる |
(1) ○○○V○○○V “ちょうちょ” (1)(2)(3)(2) (2) ○○○○○○○V “ぶんぶんぶん” (1)(3)(1) (3) ○○○○○○○○ “はとぽっぽ” (1)(2)(2) |
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A.体育…“あそび”のカリキュラムで、どの先生でも扱え、体育の能力である走る力・跳ぶ力・投げる力等々を育てている。(例ドッチボール・サッカー) B.国語…“ことば”と“ことば”からフレーズヘ、そして文へと、生活から組み立てていくカリキュラムが音楽教育で成り立つはず。 C.図画…“子どもなりに楽しめる境地から指導が始まる”自由画の教育観 |
藤田耕作 4月1日、古小での初めての音楽の授業である。過去何回か参観した自分が、今度は授業する立場である。期待と不安とで一杯の気持ちで、ピアノに向かう。ところがピアノを弾いて、『さあこの通り歌おう』と子どもの方を向くと、皆ケゲンそうな顔をしている。そのうちS子が手を挙げて、 「先生、伴奏は私たち生徒がするんです」 と、不満そうな顔をしていうのである。そこで私は、 「きのう音楽係を決めたばかりだが、弾けるのか」 と、聞くと 「ハイ、弾けます」 と、いうのでピアノを明げ渡すと、エレクトーン・ピアノ・ピアニカ・ビブラホーンなどで伴奏し、いつ相談したのか指揮者まで出てきて子どもたちで5年生の新ししい教材である『若木の歌』を歌い出すのである。私は仕方がないからその間窓際でまるで他校からの参観者のような顔をして、ポンヤリ眺めているだけである。歌い終わると指揮をしていた子が、 「気の付いたことを発表してください」 というと、 「この歌は元気のよい歌なので好きです」 「はずむような曲なので、歌っていても、気持ちがいいです」 「歌詞がとてもいい詩で素敵です」 など話し合い、次に、 「この曲で勉強したいこと」 と、司会者がいうと、 「笛で吹けるようにしたい」 「合唱もしたい」 「合う音や、合うふしを付けたい」 など、いろいろ意見が出て、担任はそっちのけでどんどん授業は進んでいく。歌を覚えると笛、ピアニカをとりだして吹いていく。早く出来た子は、遅い子にいろいろ教えている。そのうちみんな出来てくると、 「次は7音のふしづくりをします。出来たらグループで選んで下さい。時間は10分です」 というように、どんどん進んでいく。グループで選ぱれた曲を発表し、意見を出し合いアンコール曲を選ぶ。そして司会者が、 「先生、何か意見はあリませんか」 それまでぼんやり眺めていてやっと我に返り、何を言ったか覚えがないが、いま思い出してもあまりシャンとしたことは言わなかったと恩う。 それが、古川小学校に赴任しての第一回目の音楽の授業である。私の担任した5年3組は4年の終わりに組替えした直後の学級であるから驚きだ。 過去によく、音楽能力に学年差がないとか、積み上げのできない教科であるとか耳にしたが、前記のことを目の当たりにして、 (1) 学校全体の体制が1年〜6年まで出来ている。いつ、誰が受け持っても、すぐに同じ路線で進められる。 (2) 主体的に学習出来る子どもの構えが出来ている。 と、いうことの大切さがよく分かった。そこでその日の終わりの会で私は子どもに 「先生は古川小学校の音楽の勉強は1年生、君たちは5年生、先生は来たぱかりでなにも知らないから、先輩の皆さんよろしくお願いします」 とザックパランに話しかけたのがよかったのか、音楽係を中心に一生懸命に学習を進めていった。 その子どもたちの姿の中から【音楽の学習は自分たちのもの】という構えがはっきり見られた。教師を当てにはしないが、大事なポイントではちゃんと相談するし、手間のかからない音楽の授業である。馴れるに従って子どもたちの音楽の学習の仕方を見ていると、授業の進め方に一つのパターンがあって、教材では 1.歌を覚える。 2.笛・ピアニカ・オルガンで弾く。 3.合う音・含うふしをつける。 それと、毎時間のふしづくリ、という展開である。主体的学習において《学習の仕方》を知っているということがいかに大切かということが分かった。 1年前まで、隣の学校にいて、授業の型だけ真似ていて、その根底にある子どもの主体的な学習の構えを育てていなかったことに気が付いた。 ・主体的な学習の構えが一人一人身についている。 ・模葵力がついている。 ・即輿力がついている。 ・和音感、調性感がついている。 ・拍の流れが体の中にある。 この五つのことを1年から6年まで、全職員の共通理解のもとに協力して出来ることであって、一人の優秀な音楽主任がどんなに頑張っても出来ることではない。 そして、音楽の力を付けることも大切な目当てであるが、一番大きな狙いは主体的な学習であることがよく分かった。子どもたちの生き生きとした音楽学習の中から思いも寄らないようなリズムや、美しいメロデーが飛び出して来る。音楽の授業というものが、こんなにも楽しく、また楽なものであるとは今まで思わなかった。正に音楽の学習とは、音を楽しむ学習である。 |
| 学校名 | 学級数 | 児童数 | 研究年数 | 教師数 | 児童数 |
| 高山小 | 6 | 180 | 2 | 12 | 360 |
| ★温知小 | 18 | 800 | 5 | 90 | 4,000 |
| 大丼小 | 18 | 800 | 2 | 36 | 1,600 |
| 古川小 | 24 | 1,000 | 12 | 288 | 12,000 |
| ★保小 | 5分の2 | 40 | 2 | 10 | 80 |
| 計5校 | 71 | 2,820 | 23 | 436 | 18,040 |
岐阜県の北。富山県に近い河合村(現在の飛騨市)に、今はもうダム建設で沈んでしまった「保」という僻地の小部落があった。ここにあった保小学校は、昭和44年度に全国僻地教育研究大会の音楽会場と、文部省の指定校を兼ね、『ふしづくりの一本道』を実践し、素晴らしい子どもを育て上げた。 当日、山奥の学校というイメージで、平坦地並みにやっていれば立派なものだくらいに思っていた参観者は、59人の全校合唱の瞬間から息をのんだ。迫力ある美しい合唱、教材曲あり、自作曲あり、輪唱あり、器楽のオブリガートあり、伴奏も子どもの指揮も。その上、曲想表現や指揮について誰かが意見を述べると、すぐその子が指名されて指揮台に立ち、自分の考え通りに指揮をする。その度に速度、強弱等タクト通りに変化していく全校の子どもたちの表現能力は素晴らしいの一語に尽きた。 その後、各教室で行われた授業は、子どもが計画し、子どもが進行し、子どもが表現して、いつもひとりひとりの子どもが土台になっている。高学年では作曲し、記譜し、合う音さがしで対旋律まで付けている。当日の指導者として来られた文部省の真篠先生も、翌日来られた文部省の課長さんへの報告で『全国でこんな例はないでしょう』と言われ、助言の先生方も「言うことがありません」と言っておられたことからも、この子どもたちの素晴らしさが想像して頂けると思う。 話はこれからが本題である。 この“ふしづくり”で主体的に音楽することを身につけた子どもたちが、ダム工事の進展につれて、ひとりふたりと離村した頃から、大規模校へ転校したこの僻地の子が今までの通念を破ってその学級のリードをしているという話が耳に入るようになり、そして6ヵ月後、ついに、残る子が7人になった時、私は人事上の視察でその学校を訪問した。僻地のこととて、会議後一泊し、その翌朝、登校して遊んでいる子に、 「君たちは昨年、立派な発表を聞かせてくれたね。もう一度あの合唱を聴きたいな」 と声を掛けた。私はその時、それ程期待していたわけではない。というのは、指定校なんて熱病みたいなもので、発表が過ぎれば跡形もない例を、各教科とも数多く見聞きしていたからである。 ところがその子たちは気軽に『ハイ』と返事をすると、 「オーイ、みんなこいよ」 と、運動場にいる子らを呼び集め、全校7人、誰がこの曲はタクト、誰が伴奏、曲は誰の作った曲にするか、習ったあの歌か、君は2年生だから高音、僕は低音等等、指揮者が代わり伴奏者が代わり、迫力のある合唱を約一時間、教科書も歌集も見ないで歌い続けてくれた。そうなると私たちに聴かせているのではなく、完全に自分たちの生活である。そのうち先生も来て加わり、私たちも加わり、この7人の合唱に参加しているうちに目頭が熱くなった。 この子たちは、コンクール選手のように多数の中から選ばれたものでもなければ、家庭の生活水準が高い家でもなく、ただ、ダム補償のもつれから家庭の事情で離村の遅れた7人だから、学年もバラバラ、IQもバラバラ、それなのにこの7人の合唱の美しさ。音楽生活の根強さ。 これこそ本当の音楽教育の成果である。この姿は、過去のような受け身の音楽教育からは、絶対に育たないものである。もし、この学校が従来のように、ただ教材を教師が教え込む方向の研究だったら別の姿、つまり教師中心で、子どもはロボットのようにあしらわれた発表になっていただろう。従って、発表会後の今、私の頼みに対し、気弱な眼差しで拒絶する、ありふれた山の素朴な7人の子どもでしかなかっただろう。だが、この子たちは、自分が音楽する“ふしづくり”の教育であったからそこ、この7人の合唱が可能になったのである。 ふしづくりの一本道は、よく基礎づくりやドリルと同じ意味に誤解されやすいが、実は教育の方向が180度指導要領とは逆なのである。この子たちの“7人の合唱”を目の当たりにしては、子どもが音楽を再構成する“ふしづくり”でなければこの異常な音楽科の体質改善は有り得ないと確信している。 |
その1.指導要領は何故“独立曲”の一本立てにこだわるのですか。(音楽能力を育てるのには、価値がないと思われるのに) その2.音楽科で積み上げるぺき“音楽能カ”とは何ですか。 その3.指導要領では低(1,2)中(3,4)高(5,6)の3分割にしてあリますが、その理由は何ですか。子どもの成長特性からは『1・2・3』『4・5・6』であるべきと思いますが。 その4.教材曲一本立てで、子どもの音楽能力を育てる方法はありますか? その5.協カ委員の方々が、この指導要領に沿って『授業案』を書いた場合、他の先生と、学校組織として何か積み上げるものが存在しますか?教材は「うみ」とします。(ふしづくリなら6年分書けます。そして子どもか運営します。) その6.義務教育音楽科のいびつな責任は、指導要領の“教材曲一本立て”ににあると思っています。反論して下さい。 |