小学校学習指導要領音楽編への意見具申

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山本弘

音楽科に欠けている「カリキュラム」と「指導理念」


 このヒントは、義務教育8教科の中で唯一、先生が不得意でも、子どもを先生以上に育てている『体育科』からもらいました。
 この科は、女の先生でもサッカーの名手や鉄棒の蹴上がりのできる子を育てています。
 この科の指導法で音楽科が見習う点が2つあります。それは、カリキュラム指導理念です。

T.ドッヂボールで子どもと一緒に遊べば、投げる力・走る力・受ける力が自然に育ち、飛んでくる球を瞬時に避ける機敏性が育ちます。

 サッカーも同じで、走る力・蹴る力・球を保持して敵を避ける身のこなし方は、教えなくても育っていきます。
 この場合にはドッヂボール・サッカーという、子どもを育て得る内容と系統がその素材にあるかどうかが問題です。
 (音楽の教材曲は残念ながら内容と系統が存在しません。独立曲ですから)

U.体育では、できることを優先します。

 幼児が立てば「立った立った!」と拍手し、決して「立ち方」という技術はその場では望まないように、ドッヂボール、サッカーでいえば投げ方・蹴り方・走り方という技術(音楽でいえば「表現」)は第2、第3です。
 これを表に出してやかましく言えば、子どもはやる気を失います(音楽の現状)。
 “力”の上に“技術”は乗りますが、“技術”の上に“力”は乗りません(音楽の現状)。
 勿論、優れた先生が適切な助言をすれば早く上達しますが、子どもは上手な友だちから・テレビで見る選手の姿からと広く師を求め、担任の先生からだけという、狭い学習観は持たなくなります(『古川詣で』の子どもの姿から初めて知りました。本文43〜46ページ参照

 こうして、前述の音楽の授業に困っていたC・Dの先生が、ふしづくりの80のステップを、子どもと共に遊んだことで、予期せぬ凄い音楽能力の子どもが育ちました。
 これこそ、義務教育の組織の力であり、指導要領の願う姿だと思います。
 だのに、何故、音楽教育だけは、ろくに歌えもせぬのに、音程が・リズムが・発声がと意欲を失うことばかりやるようになってしまったのでしょうか。
 これには、指導要領に責任があると思います。
 低学年から、「表現」や「鑑賞」という、子どもを第三者の立場へ追い込む記述です。


 こうした考え方で、音楽的指導力の不足している先生方まで、全員が音楽の授業を担当した義務教育としての正常な姿で、児童の音楽能力が積み上げられた指導は、第1便でお届けしました。

 これは、子どもを育てる“内容”も“系統”もない『教材曲の一本立て(*@)』では不可能で、教材曲と音楽能力を育てる別系統との、いわゆる『教材曲との二本立て(*A)』だからこそ成立するのです。
 教員総数5%の音楽研究家Aの先生の業績だけが、音楽教育の成果とされている表現だけの教育界は、義務教育としては異常です。

 ここで改めて、こんな便りをお送りする主旨を述べます。

 どうか、指導要領の内容に(特に9歳[小学校3年生]まで)音楽能力を育てる別系統を遊びのシステムで取り入れるよう、研究を進めて頂けないでしょうか。


*用語解説@ 「教材曲一本立て」
 現在の音楽科授業で広く行われているカリキュラムのこと。教科書などの「教材」のみで、学習指導要領に定められた「表現」・「鑑賞」の音楽能力を育てようとするもの。

*用語解説A 「二本立て」
 「ふしづくりの音楽教育」では、「教材」は、歌って覚え「音楽財産」にするという役割りで利用し、音楽能力は「ふしづくりの一本道」の別カリキュラムで育てる。よって、俗に「二本立て」と呼ばれ、「教材曲一本立て」とは区別される。


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